2020.8.21

Life

「密」な空間はやっぱり疲れる

ちょっと忙しい日々が続いてたので、街を離れて静かなところに行こう!ってコンセプトで伊豆の山の中へ、「休みに」行ってきました。

普段街の中にいるとわからないような、自分の気持ちとか気分に向き合えた気がしたので記録してみます。

帰ってきて思ったのは、「広々とした場所に住みたい!」ってことですね。

「密」な街の風景は、情報過多で疲れる

「広々」というのは家の大きさとか間取りとかではなくて、「密集していない場所」のこと。

街の中って、住宅やお店がひしめき合って建ってる。すきまなく、できるだけ自分の自由な空間を確保するために。まぁだからこそ、合理的でたくさんの人を集めることができるわけですが。

でも、余白なくぎっちり物が詰まりすぎているカバンとか家のインテリアって、なんか見てると疲れてきませんか?整頓しなきゃとか、機能的に並べなきゃっていう気力がそがれる…

ぎっちり詰まっている=情報が多すぎる、って気がするし。

こんなかんじ
Photo by Eli Francis on Unsplash

街の風景も一緒で、建物でぎっちり詰まった風景は情報過多で疲れるし、考える気力がなくなっちゃうんじゃないだろうか。

「密」が良くない、って言われ始めたご時世ですが、感染症予防の観点でも、人間のメンタルヘルスの面でも、やっぱり「密」は良くない流れにみんな向かっているんでしょうね。満員電車が良い例。

空間の余白は、気持ちの余裕を生む

森の中。周りに何の建物も見えない、人もいないしスマホもテレビも音がしない環境。本を読んだり、ぼーっとしたりしていたんですけど、それはそれは気持ちが良かったです。

今までだだっ広い空間って、どうしてこんなに余白があるんだろう?って思ってたけど、「余裕を感じること」が人間には必要だからなのかなぁって思いました。

インテリアコーディネートの考え方なんかでも、「部屋の散らかりは頭の中の散らかり」って聞くし。本来はどんな空間にも余白を残さないと、人の毎日の気分や気持ちに影響を及ぼしてしまうのだろう。

広大な敷地の中にお家を建てたり、パーティーできそうな広さのリビングルームとか、正直「そんなに広さいる?」って思ってたけど、そういうことなんだな。

空間の余白=気持ちの余裕。人間はどうしても環境に影響される生き物だから。

広さだけじゃなくて、「周りに何もない」っていうのも大事。都会のベランダの風景が窮屈なのは、建物に囲まれて知らずのうちに情報過多になってるからなんだろうと。

そういう意味での「広々」とした、「密」のない、視界のひらけた場所に住みたい…街にいる限りはなかなか難しいんですけどね。

伊豆、とっても楽しかった(休まった)ので、また別の記事に書きまーす!