2020.9.25

SEEKS思考

九州新幹線のCMをひさびさに見た話

えっ、もう9月終わるの?嘘じゃないの?というありがちなセリフを吐くくらいには、ちょっと忙しい9月です。

先日YouTube見てましたら、九州新幹線の開業時に制作されたCMの話題が出てきました。

私、当時見たことあります。号泣しました。っていうか今見ても泣けます。

これはほんとに良いCMでしたね。カンヌで賞も獲ったのだとか。

いつの時代も、誰かの「喜び」「嬉しさ」「幸せ」のパワーってなんだか伝染していくんだな、と感じます。

コンセプトは「祝祭」。このビッグイベントを、九州のみんなのお祭りにしてしまおう!という。

古くからお祭りと言うのは、そこに住む人々の結束を高めたり、日々の鬱憤を発散したり、受け継ぐべき伝統を再確認したり、といった大切な役割があったのですよね。

それで、この「祝祭」、お祭りというコンセプトから、九州全土を新幹線でたどりながら、みんなでお祝いするという内容にたどり着いたのは素晴らしいなぁと。

撮影前の心配をよそに、予想を超えて集まった人々の多さに、JR九州の職員の方が号泣していたというエピソードも。それ聞いて涙ぐむ私(涙もろい)。

このCM、JR九州の職員の方々の協力なしには作れない内容ですよね。そこもグッときます。

駅で待ち受ける職員のみなさんは、お客さんと制服姿で一緒に飛び跳ねたり、画像みたいに整列して見送ったり。どんな姿にせよ、そこに全線開通の喜びや安全への想いが表現されているような気がして、素敵です。

2020年の今現在は、こんな風にたくさんの人が集まって、何かを行うことが難しくなってしまいましたよね。

もうこんなCMは企画できないのかもしれません。

そう考えると、郷愁のようなものすら感じてしまいます。

こんな風にたくさんの知らない人と、今日初めて会った人たちと、
一つのことを喜んだり、楽しんだり、嬉しくてわーっ!って声を上げたりすることは、もうかなわないんでしょうか。(いや、かなうって信じたい)

最後に流れるナレーション。

あの日、手を振ってくれて、ありがとう。
笑ってくれて、ありがとう。
ひとつになってくれて、ありがとう。

きれいごとと言われても、ドライな世の中でも、やっぱり人の心を動かすのは、こういうことなんだと思わざるを得ません。

私は、こういうことを忘れないでいたい。どんなに世の中が変わっていっても、やっぱり大切なのは人が人であること、これ以外にはないはずです。

デジタルツールの向こう側の、手が届く距離の笑顔で会える世界。それは、絶対になくしちゃいけないんです。

九州新幹線全線開業CM、制作者が実感したネット時代の発信力

芸能 「九州にとってみれば、半世紀に一度のビッグイベント。当時日本は不況で元気がないということになっていましたが、九州の方たちは普通に明るくエネルギーにあふれていました」──2011年の九州新幹線の全線開業をそう振り返る古川裕也氏。CMを企画するにあたり、半世紀近く前の歴史的なキャンペーンが念頭にあったという。 …

『楽しい』ことや『嬉しい』ことは、人間にとって食べ物や水と同じように大事な栄養なんだと再認識しました

https://www.news-postseven.com/archives/20190302_876448.html/2

まさにこのこと。栄養がなければ、人間は生きていかれないもんね。